インクルーシブマーケティングはダイバーシティ後進国の日本に必須な感覚
時代の変化とともにマーケティングに求められる効果が、時代と共に大きく変わりつつあります。しかし、かつてものづくり大国と言われた日本ではアナログ時代から続くマーケティング手法だけに頼っている企業が多いのも事実です。
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工事現場の人々には必須アイテム、安全靴の広告を企画するとしましょう。工事現場で働く人は男性だけではないのに、ヘルメットを被ったガタイのよい男性が、作業する場面をイメージして広告を作っているのでは、もはや時代にあわないのです。
男尊女卑などの性的蔑視、土人、チビクロサンボといった人種差別など、現代社会でも払拭しきれていません。「そんなことは他人事」と思う人は、無意識的に差別的な行動をして、他人を傷つけているかもしれません。
この数年で、マーケティングキャンペーンを通じたダイバーシティおよびインクルージョンの推進が、標準となり始めました。企業でこの戦略を推進することが、売上増においても効果的なのです。
ダイバーシティと共に注目され始めている、インクルージョン。これはインクルーシブ・マーケティングという言葉によって、マーケティング領域でも知られてきています。
今回はインクルーシブ・マーケティングの意義を理解し、日本で定着するかを検証しましょう。
目次
ダイバーシティのおさらい
インクルーシブ・マーケティングの正しい理解には、ダイバーシティを確認する必要があります。ダイバーシティ (Diversity) とは多様性のこと。国籍、人種、性別、年齢に限ったことではなく、宗教や障害、性自認、体型、そしてビーガンやベジタリアンなど食習慣など、人を作る全ての点が含まれます。
企業も対応必須
女性や中高年、さらに性的マイノリティの積極的な採用や、差別のない処遇を実現するために、アメリカで始まったダイバーシティ経営。今やアメリカでダイバーシティを受け入れない企業の評判はガタ落ち、消費者や従業員、投資家までも離れていき、存続すら危うい事態にもなりかねません。
インクルージョンとは
インクルージョン (Inclusion) を直訳すると、包括、包摂が一般的です。ビジネス上で考えてみると、誰もがやりたい仕事に参画するチャンスがあり、いかなる経験や能力、考え方をも受け入れられ、しかも全てがビジネスに活かされていること。
ダイバーシティでは多様性を認識しますが、マイノリティへの配慮が足りないコンテンツや制度、あるいは発言がいまだにありますが、インクルージョンは認識された多様性を、積極的に評価するのです。
1970年代のフランスで、社会から排除されたニートや若年層の失業者、障害者など、差別社会の抱える問題を表した状況をソーシャル・エクスクルージョン(Social Exclusion=社会的排他)と表し、解決を目指す対義語として、ソーシャル・インクルージョン (Social Inclusion)の重要性が掲げられたことに、インクルージョンの語源は由来しています。
1980年代にはアメリカの障害児教育分野で、インクルージョンの概念が注目を集めました。アメリカは移民が作った国で、別名メルティングポット(melting pot=人種のるつぼ)。つまり多種多様な人種や民族の人々が、共に生きていく社会であるため、インクルージョンが急速に広まったのです。
CSRの一環としてインクルージョンを掲げる企業が、日本でも登場しています。ANAホールディングス株式会社やカルビー株式会社では、「ダイバーシティ&インクルージョン」を重要なミッションとみなし、自社の取り組みを公開中です。
インクルーシブ・マーケティングとは
インクルージョンがマーケティング領域でも、インクルーシブ・マーケティングという言葉で、注目され始めたのはすでに言及した通り。
ダイバーシティがインクルードされている(含まれている)マーケティングが、インクルーシブ・マーケティング。マスマーケティングやワントゥワンマーケティングの課題であった、多様化した消費者各人のニーズに目を向け、現代社会で生活するマイノリティ(少数者)一人一人について理解を深め、生き方を支持し、それを長期的視点でマーケティングに反映させる手法です。
インクルーシブ・マーケティングの実装で、マイノリティの人々が、企業のサービス対象に自分も含まれているという実感をようやく持てるようになります。
日本では2017年に電通ダイバーシティ・ラボが顧客企業に向け、インクルーシブマーケティングサービスの提供を開始しました。
日本が残念な点:一般論
日本に在留する外国人が過去最多の263万人になったことを、2018年に法務省が公表しましたが、これは日本の総人口の2%に過ぎません。人口の98%を日本国籍保持者が占める日本では、単一民族が大多数を占め、島国根性よろしくダイバーシティの低い国の筆頭なのです。
しかも固定観念に即したマーケティング活動が原則のため、安全靴=男性を強く押し出してしまう手法のまま。
変わる努力は必要
終身雇用制度や年功序列制度が普及した日本では、ソーシャル・インクルージョンの必要性を感じることがほとんどありませんでしたが、フランスに遅れること30年、2000年12月に公表された厚生労働省の「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書で、「全ての人々を孤独や孤立,排他や摩擦から援護し,健康で文化的な生活の実現につなげるよう,社会の構成員として包み支え合う」という定義が記載され、初めてソーシャル・インクルージョンが取り上げられました。
グローバリゼーションが進んだことによる企業体の変化、少子高齢化による慢性的な人材不足、社会的価値観の変化などから、日本にもソーシャル・インクルージョンの必要性が生まれたのです。
他国と比較してみると、厚生労働省の報告書の定義にある「孤独や孤立、社会の構成員として包み支え合う」という表現から、日本国民各人が、社会から離脱しないことに重きを置いている点に特徴があるといえます。同じビジョンを目指していうるはずなのに、この微妙なニュアンスの違いは、今まで日本では金太郎飴的な社会(同質性を求めた社会)をよしとしてきたことの表れですね。
インクルーシブ・マーケティングの取り組み例
インクルーシブ・マーケティングの先人であるアメリカでは、多くの成功事例が生まれています。そのうちから2つを紹介したいと思います。
Fenty Beauty: 世界の歌姫が始めたコスメブランド
R&Bシンガーとしてグローバルベースで支持を受けるリアーナが、2017年に創業したFenty Beauty。インクルーシブな商品ラインアップが豊富なのが売りで、ファンデーションのカラーバリエーションは50以上です。
既存コスメブランドのカラーラインアップは、基本的に白人の肌色にフォーカスしたもので、有色人種を含む全ての女性層のニーズとギャップがありました。もともとコスメ業界に関心があったリアーナは、このギャップを埋めるため、Fenty Beautyの立ち上げを決めたのです。結果はすぐに形となり、リリース開始の1ヶ月目から、7,200万ドル(約72億円)の売上が上がりました。
無論この成功には、彼女の世界的な知名度もポジティブに影響していることは明らかですが、インクルーシブの徹底ぶりも、人気の理由といえます。ファンデーションだけでなく、全商品のカラーバリエーションの数が非常に幅広く、さらに色を表す表現をLightからDeep(本来Lightの反対語はDark)にしている点も、他社商品には見られません。
SNSやビデオコンテンツも、インクルーシブ・マーケティングを意識した作りになっています。
リアーナはコスメブランド以外にも、Savage X Fentyというランジェリーブランドも展開しており、様々な体型にあった商品が揃っています。
2019年にはLVMHにおける女性初のオリジナルブランドである、Fentyもスタートしました。しきたりに縛られない、根本的な自由をコンセプトとし、Fenty Beauty同様全ての女性を満足させるラインアップです。
バービー(マテル):子供にもインクルーシブを伝えたい
1959年のデビュー以来、世界中の女の子にとって憧れである着せ替え人形バービーは、女性目線での環境の変化を映し続けて来ました。
「自分らしく生きる女性とともに歩んで行こう」をモットーに、誰でも望む職種に就けるというメッセージを謳った、Imagine The Possibilities(可能性を創造しよう)というバービー動画広告を2015年に公開したのです。
これは小さな女の子たちが大学教授、獣医、アメリカンフットボールのコーチなどの職業に扮して、大人を指導するといった内容で、出演している大人たちのリアクションは、全てノンフィクションというもの。バービー人形を使って遊んだどんな職業でも、就けるチャンスは性別関係なく誰にでもあるもの、世の中にそんなメッセージを配信した画期的な動画です。
以前からマテルでは肌の色や体型などに関して、ダイバーシティを意識した商品展開をしてきましたが、2019年には車椅子や義足のバービーを発売し、障碍者も対象に含めたのです。バービー用の車椅子デザインは、UCLA Mattel子供病院と協同して開発したというこだわりぶりでした。
おもちゃは小さい頃から触れるものなので、ダイバーシティやインクルーシブへの理解や感覚を学ぶのには、重要な接点といえるので、マテルは子供に向けた、インクルーシブ・マーケティングのフロンティアといえます。
日本でも当たり前になるには
インクルーシブ・マーケティングを、日々のマーケティング活動に反映させることがゴールではありません。重要なのは、今まで常識として植え付けられた思考を変えることであり、変革された思考が世の中に広がっていくことです。
日本でダイバーシティ&インクルージョンといえば、教育や職場環境、前述したカルビーやANAのように、企業のCSRの一環で語られることが多く、マーケティングに取り入れることができる企業がまだ少ないと言われています。
しかし働き方といった面で、日本でも多様化してきました。LBGTQの人々の社会的地位の確立も進むでしょうし、また海外からの人々が、定住者として日本に増えてくることも考えられます。つまりインクルーシブがさらに求められるため、インクルーシブ・マーケティングの重要性は、間違いなく高まるのです。
日本企業では、保守的や伝統的な文化が根強いために、ダイバーシティ&インクルージョンに賛同しない、あるいは否定的な人が多いでしょうから、自分たちの代で大々的にインクルーシブ・マーケティングに踏み込むことは難しいかもしれません。
インクルーシブな視点が、イノベーションを加速させる要素のひとつと言えるので、取り組む価値は大いにあるのです。他の国ではもう始まっています。世界に遅れを取らないためにも、インクルーシブ・マーケティングの取り組みを進めてみませんか。
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