ダイナミックプライシング:AIが価格を決める時代

ダイナミックプライシング:AIが価格を決める時代

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プライシング(値付け)とは、商売における重要なツールのひとつです。売上や粗利が増えるか減るかはプライシングによって変動すると言えます。

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そのプライシングがこのところ大きく変化し始め、需給に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングが登場しました。すでに航空会社やホテルではダイナミックプライシングが採用されていますが、最近他業界でも導入を決める企業が増えているのです。この動向の背景にあるのは、AIによる需要予測と時価の算出が可能になったこと。

ダイナミックプライシングが今後日本でも普及するのかを考えてみたいと思います。

従来のプライシング:小売業の場合

従来のプライシング:小売業の場合

小売業のプライシング方式といえば

  • 期間限定の特売などで価格を変動させ、消費者を集めようとするハイロー (High&Low)
  • 特売を最小限実施するかあるいは一切行わずに、常に低価格で商品を消費者へ提供するEDLP (Everyday Low Price=常に低価格)

上記の2種類でした。

さらにはハイローでは売値を短期的に変動させて売上を増やすことが、価格販促の主流だったのです。

しかしそれだけを繰り返すと価格が安くなった時にしか来ない、いわゆるバーゲンハンターばかりが集まることになり、固定顧客を増やすことができないことは明らかでしたし、低価格時と平常売価時の売れ方の波動が大き過ぎて、在庫量と作業量が大きく増えてしまうのは企業にとって致命的な課題でありました。

ウォルマートがEDLPで大成功してからは、アメリカの小売業のプライシングはEDLPが主流になりました。一定の売価で売り続けるので、売れ方の波動が少なく需要予測の精度が高まって欠品も減り、サプライチェーン全体の保有在庫量が減少したのです。

EDLPでは特売日の前夜に値札を貼りかえるという、担当者にとって気の遠くなる作業がなくなり、ローコストオペレーションにも貢献しました。また働く女性が増加したため、時間に余裕のある専業主婦向けの価格販促であったハイローでは受けなくなっていきました。

ダイナミックプライシングとは

ダイナミックプライシングとは

ダイナミックプライシングを日本語に訳すと、「動的な価格決め」とですが、これではピンと来ませんね。ダイナミックプライシングを一言でいえば、市場の需要に応じて商品やサービスの価格を調整する価格戦略のことです。

そしてダイナミックプライシングは原価や品質によって価格が決まるのではなく、シーズンや時間帯など、需要の大小で価格が変動していきます。

もっとも身近なのはスーパーマーケットで

賞味期限切れで廃棄するくらいなら、値下げしても売り切って収益につなげたいと思うのがスーパー側の思惑。一方の消費者はすぐ食べてしまえば賞味期限がギリギリでも安いものを買いたいので、ダイナミックプライシングにより需要と供給が合致するわけです。

しかしスーパーのダイナミックプライシングは、慣習や売り場担当者の勘から「半額」などの超特価格がつけられることも少なくありません。

企業が得をするだけ?

これまでの商習慣から「価格は一定であるべき」と考えている経営者もいるかもしれませんが、需要が低いときには売れ残らないように価格を安くし、需要が高まっているときには高値で商品を販売して収益を増やしたいと考える経営者が多いと思いますが、ダイナミックプライシングがこれを可能にします。

一方の顧客はダイナミックプライシングについて、どのように感じているのでしょうか。

近年日経ビジネスが実施した消費者アンケートによれば、ダイナミックプライシングは「企業にとってお得なシステム」という印象を持つ消費者が7割を超え、ダイナミックプライシングにより値上げが増えそうであるとの回答が9割近い結果となり、ダイナミックプライシングの導入に警戒している消費者の多さが明らかになりました。

実際にはダイナミックプライシングにより稼働率を上げたり在庫を効率よく消化したりすることができるため、企業が商品の売値を頻繁に値下げすることも十分想定できますし、たとえ価格が上がったとしても、その商品やサービスを購入したい顧客にとっては入手しやすくなるメリットもあるのです。

顧客に受け入れてもらうためには、顧客にとってのダイナミックプライシングによるメリットを、企業がより分かりやすく説明する必要があるでしょう。

ダイナミックプライシング+AI

ダイナミックプライシング+AI

なぜ今後ダイナミックプライシングにはAIが必要とみなされているのでしょう。

プライシングは

データ収集・分析→需要予測→価格設定

上記のプロセスで行われますが、それぞれの過程は複雑で専門的な知見が必要なため、担当者はその道の熟練者なくてはなりません、しかし熟練者も人の子です。

勘違いや計算違いが起こり得ます。さらに昨今の人手不足によってプライシングの担当者の育成が遅れ他業務との兼任が増えるため、細かいところまで手が回らないことになります。

AIを用いたダイナミックプライシングであれば、販売実績や在庫状況などの自社の情報に加え、イベントや天候、競合やSNSなどのビッグデータを用いて最適価格を瞬時に決められます。人間が決めるよりも迅速かつ複雑な条件を加えることも簡単です。

そしてデータを蓄積すればするほど、精度も上がってくるというおまけ付き。AIでデータ収集から推奨する価格の割り出しまで行えれば、少ない人数で現況に対して最も適正な価格が打ち出せるようになります。

慣習や担当者の勘に変わり、AIを利用して需要と供給をロジカルに予測するダイナミックプライシングが、ますます主流になるのではないでしょうか。

旅行業界の変化

AIが登場する以前から旅行業界では、過去の実績やカレンダー情報、天気、イベントの予定などのデータを収集・分析して需要予測を行い、あらかじめ設定した複数の料金の中から、需要に応じた価格設定を行ってきました。その中ではもちろん担当者の勘もその決定に影響したのは否めません。

ゴールデンウィークやお盆休み、年末年始といった多くの人が移動し、旅行するタイミングの航空券や宿泊代が当然驚くほど高額になり、冬場などの旅行閑散期は安くなるのがお約束ですが、その一連の価格設定プロセスで、AIがかなりの部分のワークプロセスを担えるとなれば、さらに細分化されかつ健全な価格設定が可能になるのです。

現在新幹線には多少なりとも割引切符の用意がありますが、その割引率はほぼ一定に固定されていますので、消費者にとってあまりお得な感じがしません。今後AIを利用したダイナミックプライシングにより見直す動きがあるようです。

AIを活用した例

AIを活用したホテルの価格設定支援サービスを提供するメトロエンジンでは、天気やカレンダー情報に加え、携帯電話キャリアが有料で提供する基地局データ(各基地局が担当する地域の人口を性別や年代、国・地域などで分類することで、人の分布が明確化できるもの)や、ライブチケット情報など100種類ほどの様々なデータをAIに分析させ、万一予測と実際の結果に差異が出た場合にはデータサイエンティストが補正することで、ホテルの需要を予測しています。

ライブ情報としてはアーティストのファンクラブが提供する先行情報の他、ネット上などに出てくるファン同士のチャットなども参考にし、さらに精度の高い結果を目指しているのです。メトロエンジンの宿泊関連事業者向けの価格設定支援サービスはすでに国内30のホテルチェーンで採用されていることからも、その成果が伺えます。

同一ホテルチェーンでも繁忙期と閑散期の宿泊代の開きが相対的により大きくなったのは、AIを使ったダイナミックプライシングを採用するホテルが増えているということでしょう。

アメリカのトレンド

アメリカのトレンド

ダイナミックプライシングの先進国であるアメリカのスポーツ界では、AIによるダイナミックプ@ライシングが導入されています。以前はスポーツ観戦のチケット価格は一律というのが原則でしたが、ダイナミックプライシングによるチケットの販売が大きな革命をもたらし、多くのチームではチケット収益性が改善したのです。

現在では北米の4大スポーツのNFL (プロアメリカンフットボールリーグ)MLB(メジャーリーグベースボール)NBA(プロバスケットボールリーグ)、NHL(プロアイスホッケーリーグ)のチケットは、ダイナミックプライシングにより決められた価格で販売されています。

AIによるダイナミックプライシングのシステムをアメリカのスポーツ界に提供している中でも、Qcue が特に有名です。試合カード、開催時期や天気、座席の場所、曜日、先発選手など、消費者がチケット購入を決める要素は多様ですが、それらすべてをAIが数値化して分析し、顧客満足度と利益が最大化する価格を決定します。

このシステムで導き出される価格は、特別な試合のチケットは高額になりますが、もし希望条件さえ合えば、通常よりも安い価格でチケットを買得る可能性も大いにあるため、顧客も納得できるものである点が受け入られているポイントです。

課題と今後の展望

課題と今後の展望

生鮮食品の一部は人の手で値札を貼り付けて何とか対応していますが、小売業の現行オペレーションでは、全ての商品に対するダイナミックプライシングの導入は現実的ではありません。それは価格変動に合わせた作業が品数が多ければ多いほど複雑かつ膨大になるからです。

2019年ビッグカメラでは業務負担軽減のため、町田店に電子棚札の導入発表しました。電子棚札が今後普及していけば値札の付け替え作業が不要となり、売価の変更が瞬時に可能になります。食品であれば売れ具合に応じて1日に何回でも売価を変えることができるようになりますね。

元来適正売価というものは立地や競合状況によっても異なりますので、近い将来店舗ごとに商品の売価が異なる時代がやってくるのかもしれません。

商品やサービスの価格は実に多様化しています。AIを活用したダイナミックプライシングにより、消費者に納得できる価格が常時提示されるようになり、企業側も過度な値引きや在庫を抱えることなく、収益を確保することができるようになるでしょう。

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