高品質な「眠り」を約束するスリープテック市場が急成長
このコロナ禍において、全世界ほぼ全ての人の睡眠リズムが大きく変わりました。米を代表する学術誌の一誌であるカレントバイオロジーに、新型コロナウイルスの感染拡大で欧米諸国の人々の睡眠時間が長くなったという内容の研究論文2本が2020年6月に掲載。
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一本は米コロラド大学統合生理学部のチームの論文で、大学生の睡眠時間が平日には約30分、週末には約24分長くなり、望ましい睡眠時間とされる7時間を達成できた学生は、平日では84パーセントから92パーセントにアップしたとのこと。
もう一本はスイスバーゼル大学の時間生物学センターの研究グループのもので、ドイツ語圏(オーストリア、ドイツとスイスの一部)での調査データを基に平均すると、以前より1夜あたり13分長く睡眠をとっているというものでした。 リモートワークで通勤時間が必要なくなったため、より多くの業務がこなせるようになった結果、睡眠時間が延長されたと結論づけられています。
その一方で睡眠時間は長くなったが、眠りの満足度が低下したという結果も同時に伝えられているのです。睡眠負債という言葉が広く知られるようになり、人々の睡眠マネジメントへの意識が高まる中で、先端技術の力で日々の睡眠を改善し最適化するスリープテックビジネスが日本でも急成長しています。
今回はコロナ禍で成長し続ける、スリープテックに焦点を当ててみたいと思います。
目次
スリープテックのおさらい
以前も一度スリープテックを取り上げましたが、再度スリープテックの定義を確認しましょう。
スリープテックはIT技術などの活用で、睡眠状態を知ることです。以前は専門家の領域でのみ活用されていましたが、今はスマホや活動量計の活用で、自分の睡眠状態を簡単に知ることができます。
今最も注目されているのは、よりよい入眠環境を提供する、良い睡眠をサポートするスリープテックデバイスであると考えられます。
スリープテックの成長予測
寝具業界専門メディアの調査では、国内のスリープテック市場の規模は1兆2,000億円を超えるとのこと。加えて潜在市場規模は、3兆円から5兆円に達すると考えられているのです。インダストリ4.0で世界中が24時間営業できるようになり、睡眠不足の人をどんどん量産しましたが、このコロナ禍では眠る時間が増えているのに、寝てもすっきりしないという別の悩みを抱える人が増え、スリープテックの広まりを後押ししています。コロナ禍以前からスリープテック製品を市場に送っている企業はもちろんのこと、様々な企業がこの成長にあやかろうと新たに進出を決め、すでに製品やサービスのリリースが始まっています。
海外企業が日本市場にフォーカスする理由
厚生労働省が2020年10月に発表した「国民健康・栄養調査の概要」によれば、日本人の平均睡眠時間は6時間以上7時間未満の場合が最も多く(男性34.5%、女性34,7%)、経済協力開発機構(OECD) 加盟国の中で最短、つまり先進国の中で有数の睡眠後進国といえるのです。現在リモートワークがメインの働き方になった方々に関しては、睡眠時間が増していると考えられますが、それでも睡眠時間が不十分と感じる日本人が多いのは疑いもありません。
慢性的な睡眠不足は日本の労働生産性を押し下げ、米ランド研究所の調べによれば年間15兆円の経済損失を招いているとの試算もあるほど。もっとも睡眠時間が長ければ良いというものではなく、睡眠の質を高めることが重要なのです。
このことから海外勢がスリープテックビジネスで、最も注力しているのが日本市場であるのは当然ともいえますね。今回は大手2社の取り組みを共有しましょう。
フィリップス
2019年にセンサーで睡眠中の脳波を測定し、特殊な音を発して深い眠りの状態を保つため、頭に巻いて寝るヘッドバンド型機器であるSmartSleep ディープスリープヘッドバンドを発売したフィリップスでは、スリープテック対応機器第2弾として、太陽光を再現する目覚まし時計の、SmartSleepウェイクアップライトを発売。起床時刻の30分ほど前からLEDで室内を徐々に明るくし、太陽の光を浴びて自然に目覚めるような空間を作る製品です。
インターネット経由のみで販売し、その価格は14,960円(税込)。目覚まし時計としてはいささか高価ですが、欧米を中心に既に200万台が売れた実績がある商品。日本では新型コロナの流行でリモートワーカーが激増したために睡眠の質が落ちた人も多いとみなし、125年超の照明分野での知見と、40年以上にわたる睡眠領域の研究成果をもとにヒットを見込んでいます。幸せな覚醒を促すスリープテック製品は、睡眠の質にこだわる人の購買意欲をくすぐりそうです。
アップル
アップルのスリープテックの取り組みも見逃せません。まずiPhoneのヘルスケアアプリでは、睡眠時間の目標を設定し達成できているか、日々の取り組み具合を記録でき、Apple Watchには睡眠を記録する機能が追加されました。Apple Watchをつけて眠ると寝ているときの体の動きを加速度センサーで捉え、睡眠時間を割り出しアプリで管理します。あらかじめiPhoneとペアリングしておけばiPhoneからApple Watchで「睡眠時間を記録」を有効にできるというもの。
現在Apple Watchで、次のデータを計測できるようになりました:
- 運動計測
- 心拍数計測
- 心電図(残念ながら日本は未対応)
- 睡眠計測
- 血中酸素濃度計測
近い将来血糖値の計測などもできるようになるのかもしれません。健康意識の高い日本人であれば、Apple Watchに今後ますます興味を惹かれそうですね。
日本企業の取り組み
スリープテック市場に積極的な進出をしているのは、日本企業も同じことです。
西川
老舗メーカーでもスリープテックでの新たなビジネスの模索を始めています。1566年創業の寝具メーカーである西川では、微妙な動きを検出できる圧電ラインセンサーを内蔵したマットレス「エアーコネクテッド」を使った快眠環境サポートサービスを、2020年3月から開始。
これはパナソニックと協業により、顧客が購入したマットレスとネットワーク対応の家電が連動するというサービスです。睡眠時の寝返りなど上半身の動きやいびきなどを1秒ごとに測定し、睡眠時間や睡眠状態を測定します。エアコンの温度や風向のコントロールや、照明の明るさや音などを調整して快適な睡眠を助ける画期的なものです。マットレス購入費用に加え、サービス利用料も毎月かかりますが、ステイホーム消費の拡大で、順調に会員が増えているとのこと。
寝具メーカーとテクノロジーのコラボは従来は想定すらできなかったものですが、IoTが浸透してきた今は、先端技術と組めない業界がもはや見つからなくなりそうです。
ニューロスペース
2013年創業のニューロスペースは、従業員体感型の睡眠習慣改善プログラムである、lee BIZ を、企業向けに提供しています。これはマットレスの下に置いて睡眠状態を測定、呼吸や心拍、体の動きなどのデータを収集する小型睡眠センサー(イスラエルのEarlySenseと業務提携し、同社機器を活用)で可視化し、そのデータをもとにアプリが改善すべき生活習慣を示唆したり、あるいはワークショップを開催して、従業員がよりよい睡眠を得るために自発的な行動を促すというもの。寝つきまでや睡眠時間、夜中に起きた時間や回数、ノンレム睡眠やレム睡眠などその質も把握します。
企業の人事部門では従業員の健康を経営課題の1つと考えているもの。ニューロスペースのメインターゲットはまさに人事部門なのです。2019年からは大企業の従業員にこの機器の貸し出しを行い、データを基に睡眠の改善を指導。同社のプログラムを約100社で導入しています。同社ではこれまで吉野家、全日空、KDDIなどの顧客との共同開発も多く行い、2020年4月には日野自動車とは睡眠改善アプリの共同開発を発表。次に何が起こるか目が離せないスリープテック企業の一社ですね。
ポケモン
世界的に大ヒットしたPokémon GOで、歩くことをエンターテイメントに変えた株式会社ポケモン、同社の次なるターゲットは睡眠=ポケモンスリープ。ポケモンの2019年事業戦略発表会で発表されたこの新アプリの開発コンセプトは、睡眠を娯楽に変え、朝起きるのがちょっと嬉しくなること。ポケモンのファンでなくとも、このリリースが気になりますね。
ポケモンスリープはスマホアプリである点から、低年齢層を含めた幅広い年代から支持されるキャラクター群を用いた試みなのです。幼い頃からこうしたアプリによる睡眠教育を受けた次世代を担う若者が、我々よりもっと生産性の高いビジネスパーソンへと成長していくのかもしれません。
2019年の発表会ではまた、任天堂がポケモンスリープとは別に、Pokémon GO用の端末であるPokémon GO Plusに、加速度センサーによる睡眠計測機能が追加されたPokémon GO Plus+という新端末の開発も明らかに。またポケモン、任天堂が出資するNianticとも睡眠を遊びに変えるための新プロジェクトが進行中のようです。
ポケモンスリープのリリースは2020年内の予定でしたが、少し遅れているようです。気になる方は同社のリリース通知を設定しておくとよいでしょう。
S’UIMIN
筑波大学発のスタートアップ企業であるS’UIMINが2020年9月から研究機関や企業向けに提供を始めた睡眠計測サービスの、InSomnografも今注目サービスの一つです。
ウェアラブルデバイスとAIの活用で、従来は検査入院等が必要だった臨床レベルの睡眠計測が自宅で行えるようになるシステムが実現されています。またこのサービスは睡眠の研究開発を行う企業や研究機関だけでなく、社員の健康管理目的でも導入することができるのです。高精度の睡眠測定が対象者自身でできることにより、企業では睡眠と従業員の健康や生産性の関連性がより詳しく見えてくると考えられます。
スリープテックの今後
コロナパンデミックはステイホーム、ニューノーマル そしてリモートワークという変化を世にもたらしました。在宅時間が長いおかげで睡眠時間が増えても、睡眠の質の向上は比例するものではないというデータも出ていますし、それどころか会社に出社して働いている人に比べ、現在仕事はリモートワークがほとんどという人の睡眠の質が低下しているという結果も明らかになっているのです。つまり企業のマネジメント層は従業員の睡眠状況について、コロナ以前より一層注意が必要のようです。
地球の人類すべてがユーザーとなり得るスリープテック事業。まだ100%使いこなされていない睡眠データを、いろいろな場面で活用すれば、今まで考えも及ばなかった可能性を生み出すと考えられ、スリープテック企業関連企業にも、新たなビジネスチャンスがやってくるかもしれません。乱立状態から頭ひとつ出るためには、善は急げですね。
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