デジタル薬が未来を開く|テクノロジーと医薬品の相性がばつぐんな訳

デジタル薬が未来を開く|テクノロジーと医薬品の相性がばつぐんな訳

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不治の病とされていた結核は、今では治る病気と位置付けられるようになりました。それは抗生物質など治療に有効な薬が実用されたからです。薬の歴史が今大きく変わろうとしています。つまり効能のある物質(薬)を人体に取り込むことで病気が治るという常識と並ぶ、新たな概念が生まれたのです。

業界問わず影響を及ぼしてきたのが、スマホアプリなどに搭載されたデジタル技術。薬品業界も例外ではなくデジタルの波が押し寄せてきています。医学研究者や医師らがITエンジニアと協力し、先端ITを駆使したデジタル治療が加速していく時代の到来です。

科学的な創薬が始まって100年が経過し、体の病気を癒す新薬の開発は「お腹いっぱい」感がありますが、心の病をデジタルで治すという薬品業界の新たな挑戦が始まっています。

デジタル薬とは

デジタル薬とは

デジタル薬の定義を確認してみましょう。一言で言えば情報技術を導入した医薬品のことです。デジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:DTx=デジタル治療)と称されることもあります。

従来の医薬品ビジネスの枠を超え、著名な製薬会社がデジタル薬に相次いで乗り出しています。キーワードは「ビヨンド・ザ・ピル(Beyond the pill=医薬品を超えて)」。

製造コストの高騰や、「効果不十分」につき抗認知症薬4種が保険適用外になるなど新薬の低い成功確率、特許切れ後の収益大幅減など、製薬企業を取り巻く外部環境が厳しくなる中、新分野への舵切りを決断するのは当然のことなのかもしれません。

大手製薬会社の状況

大手製薬会社の状況

日本では2014年の薬事法改正で、デジタル薬が医療機器としての承認対象になりました。市場参入の環境も整いつつ昨今、製薬会社大手ではデジタル薬への取り組みを始めています。

田辺三菱製薬:糖尿病治療

保険適用を目指した治療用アプリ事業への参入を、最も早く表明したのが田辺三菱製薬。2019年2月に、糖尿病患者の生活習慣改善を図るアプリ(TOMOCO) を発表しました。これは患者が食事・運動・服薬・血糖値などの日常記録をつけると、蓄積している重症化した糖尿病患者のデータなどと比較し、助言が導き出されというもの。加えて医師は患者の日常記録・検査数値・問診データがリアルタイムに把握できるので、患者ごとの課題や推奨する行動計画を策定することが可能になるのです。

田辺三菱ではこのTOMOCOを、将来的に企業の健保組合や自治体に販売する事業に育て上げ、新しい収益源にする目論見が大いにあります。

塩野義製薬:子供の発達障害治療

塩野義製薬は2019年3月、米アキリ・インタラクティブ社が開発した、子供の発達障害の一種である注意欠陥多動性障害(ADHD)を治療するアプリであるAKL-T01及びAKL-T02の、日本と台湾における独占開発および販売権を獲得しました。

スマホやタブレットのゲームを行い、障害物を避けたり、画面にタッチするなどの操作を通じて脳を活性化、子供がゲームに没入するとADHDで機能障害に陥るとされる脳の前頭前野をアプリが刺激する仕組みです。

アメリカで8~12歳の患者を対象とした臨床試験が行われ、注意力の改善などの結果を得ており、すでに治療薬としてFDA(米食品医薬品局)に承認申請が行われています。塩野義でもこれを今年中に国内で治験を始め、保険適用される医療機器としての申請を目指し、体験型のデジタル薬として販売する予定。

塩野義ではAIを使ったインフルエンザ診断機器を開発中の、国内スタートアップにも出資したことを発表しています。

デジタル薬からいつごろ収益が見込めるかはまだ見えないものの、今手をつけておかないでトレンドに乗り遅れたら、一大事になるかもという危機感を持ちながらの決断は、次の100年に向けての挑戦でもあるのです。

大塚製薬:うつ病治療

大塚製菓では米クリックセラピューティクスが開発した、大うつ病性障害(MDD)を治療するデジタル薬アプリであるCT-152の、全世界での独占的権利を獲得しました。

2019 年下半期にはCT-152の臨床試験をアメリカで開始し、大うつ病に対する世界初のデジタル薬としての承認を目指します。

CT-152は、独自のトレーニング法を使った認知療法アプリです。うつ病に対する改善効果を示すと考えられており、6週間実施した臨床実験では、うつ病の回復を評価する指標である、HAM-Dスコアが改善されました。

大塚製薬では2019年後半からアメリカで引き続き実験を行う予定ですが、承認の可能性や市場性も並行して調査するため、現時点では承認時期のめどは未定であり、日本での開発はアメリカで承認取得後に検討するとのこと。

もちろんスタートアップも負けてない

もちろんスタートアップも負けてない

大手製薬企業だけではありません。規格外の構想からイノベーションを起こすのは、スタートアップの真骨頂。今回はそのうちの2社を紹介します。どちらも代表が医師というのが特筆すべきですね。

サスメド:不眠症治療

不眠症を対象としたデジタル薬を手掛けるサスメド社では、完全に医薬品の代替を目指したアプリ開発を進めています。同社のアプリのベースには、人の考え方や認知の偏りを修正する認知行動療法があります。

患者がアプリに日々の睡眠や行動の情報などを入力すると、認知行動療法を基にした内容がアプリから発信されるというもので、現在臨床試験が行われています。

日本では睡眠薬の投与頻度の高さが大きな課題となっています。睡眠薬の処方量を適正化するため、2013年に「睡眠薬の適正な使⽤と休薬のための診療ガイドライン」が公表され、睡眠薬の処方と平⾏して、睡眠指導や認知⾏動療法が推奨していますが、人手不足などの影響もあり、日本では認知行動療法を実施できる医療機関がそれほど多くないのが現実なのです。

サスメドの利用法はとてもシンプル。医師は診断をしたあと、薬を処方する代わりにサスメドのスマホアプリを処方します。その治療用アプリを患者が継続的に使うことで、医師がつきっきりでなくても、認知行動療法が行えるというものです。

医療者の負担を増やさずに治療ができ、薬剤を用いないため副作用も発生しません。不安の少ない治療ができるのも治療アプリのよい点といえます。

キュア・アップ:禁煙治療

タバコとを縁を切るために行う禁煙。最近では禁煙外来を置く病院も増えていますが、禁煙外来診療を受けた患者の7割以上が、治療終了の1年後に再喫煙してしまうのが現実です。身体的依存には禁煙補助薬の効果が期待できるが、心理的依存には効かないため、ニコチン依存症の心の治療方法が大きな課題でした。

辛い禁煙の後でもこんなアプリがあれば、タバコが吸いたい気持ちが抑えられるのかもしれません:

  1. 昼食後にスマホ画面を見ると「たばこを吸いたくなっていますね?」というメッセージがアプリから届く
  2. 「タバコが吸いたい」と言うと、「禁断症状が出る頃ですからね。でも今月いっぱい我慢すれば楽になりますよ」と今度は励ましが
  3. 「どうすれば我慢できる?」と聞くと、「ガムをかんでしのぎましょう」や「飴をなめてみましょう」とアドバイスが

もう少し頑張ってみようと思うのではないでしょうか。

あるいはアプリがこんな警告を出してくれたら、禁煙の気持ちがブレないと思いませんか:

外出先から帰社する前に、「あの喫茶店の前は通らないでください」というアラートが届く。禁煙する前には、帰社前に必ず「あの喫茶店」に立ち寄って一服していた。

半ば無意識の中の行動まで気遣ってくれるのであれば、感謝を通り越して愛おしくなりますね。ここで吉報です。このアプリが2020年に販売開始される予定なのです。

医療スタートアップのキュア・アップ社では、2014年に慶応義塾大学医学部内科学教室(呼吸器)と共同でニコチン依存症治療アプリの開発を開始し、翌年臨床実験を行いました。

禁煙外来の患者を対象に、患者用スマホアプリ、医師用Webアプリ、患者用の携帯型CO測定器を24週間使用する実験を行った結果、アプリを利用していない患者に比べて、継続禁煙率が高いなどの禁煙継続の効果があったことから、この治療アプリの有効性が確認されたのです。

治療アプリには行動療法と呼ばれる禁煙治療のノウハウがAIとして組み込まれており、患者がタバコを吸いたい気持ちの強さなどを入力すると、AIがその状態に合わせて助言や励ましの言葉を送ってくれるのでスマホ画面の向こうに医師がいるような感覚に。それを繰り返していくうちに患者は、喫煙につながる行動や生活習慣を自然に改めるようになるというもの。

キュア・アップでは実験後Beyond Next Ventures社より資金調達し、2017年には法人向け「モバイルヘルスプログラム」の第一弾として「ascure(アスキュア)禁煙プログラム」を提供開始。さらにニコチン依存症治療アプリの「CureApp禁煙」の治験を開始しました。キュア・アップは現在東京大学医学部や自治医科大学とも共同でアプリの開発や実験を行い、2020年にこの治療アプリを発売する予定です。

MR(医薬品営業)がいらなくなる?

MR(医薬品営業)がいらなくなる?

ここ数年医療機関の訪問規制が強まり、医療関係者のアポイントシステムのDr.JOY導入が急速に進んでいることが、MRの生き残る道をますます険しくしています。

顧客訪問が難しくなるだけではありません。AIの活用による自動化の波により、MRが行ってきた対面の営業活動が次第にチャットボットやオンデマンドセミナーなどに取って代わられ、さらにデジタル薬という今まで取り扱ったことのないものが登場し、それまでの経験が全く役にたたなくなってきているのです。

もちろん医師とのつながりが一気に切れることはありませんが、デジタル薬に代表されるデジタルヘルスへのシフトが今後ますます進むので、従来型の商法しか知らないMRは徐々に淘汰されていくのは仕方ありません。

医師や薬剤師との接待や、御用聞き営業スタイルで一世を風靡したMRには、デジタル薬の受入は難しいと考えられますが、どうあがいてもデジタルヘルスへの移行は止められないので、ここは気持ちを切り替えて、デジタル薬を新たな商材として受け入れるべきですね。

デジタル薬の未来

デジタル薬の未来

最近のビジネス用語に「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」があります。馴染みがある事例では、スマホがカメラやフィルムの製造販売会社を飲み込み、映像業界が様変わりしたことが挙げられますよね。

少子高齢化であり、ダイバーシティが受けいられつつ現代において、製薬業界がヘルスケアでのけん引役としてその役割を発揮するには、ビッグデータ分析とAI依存が進むことは間違いないと考えられます。

身体の病は臨床薬でほとんど治癒できる時代ですが、現代病でもある心の病の治療は簡単ではありません。デジタル薬の有効性が確認できた以上、今後もあらゆる疾病に対してアプリ開発が進むことは間違いないでしょう。引き続きウォッチしていきたいと思います。

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