オフィスレスになった企業は、ストレスレスになったのか
2018年に働き方改革の推進が始まった時には、継続的に長時間労働の是正や多様で柔軟な働き方の実現が掲げられました。柔軟な働き方の中には、リモートワークが含まれていたのですが、多くの経営者は「うちのカイシャに導入は無理」と切り捨てていたのです。しかし2020年4月新型コロナウィルス感染が深刻化で緊急事態宣言が発令されると、日本企業の多くも前準備もほとんどないままに、リモートワークに突入。
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フリーランスだけのもののような位置づけだったリモートワークですが、多くの会社員も一時は100%リモートワークということになりました。そのためにはんこ文化から電子署名に、紙の書類から電子書類へと、環境も急ピッチで変化したのです。
緊急事態宣言が解除となってもIT企業中心に、2020年中はリモートワークをメインとした働きかたを社員に指示している場合も。
毎日社員全員が通勤しないならば座席はフリーアドレスに。都心のオフィススペースの削減をし、本社を地方都市に移す企業も現れ、さらにはオフィスを撤廃する企業も出てきました。確かに固定費が削減できることはこのコロナ禍では有益です。しかしオフィスレスはいいことばかりではないのです。
コロナ禍で世の常識がガラリと変わり、企業が直面することについて確認してみましょう。
目次
日本の現状
日本におけるリモートワーク勤務では運用コストと生産性の面が、解決策を要する重要課題であることが明らかです。
経営者泣かせの高額コスト
コロナ禍に導入されたリモートワークにより、在宅勤務の高額なコスト負担を企業が強いられていることが、第一生命経済研究所の調査でわかりました。その試算ではリモートワークの必須アイテムであるオンライン会議環境設置の初期費用は、1社あたり年間約490万円。正社員の約28%が在宅勤務であると考えると年間1.3兆円になるのです。
この1.3兆円にはリモートワークに必要な設備投資(ノートパソコンの購入や通信費)が含まれないので、実際にはそれを上回るコストがかかると考えられます。
ある中堅金属加工会社では、現在50名の社員のうち10名がリモートワーク勤務しており、その10名が使うノートパソコンのレンタル料と通信費は会社が負担。しかしそのコストがあまりにも高額になったので、リモートワークを継続するためにデータ処理能力を向上できるハイスペックなサーバーの増設を検討しましたが、さらに100万円以上かかる可能性があるとして考え直したそうです。この企業規模で、設備投資に100万円以上は大きな出費。
生産性がリモートワークで下がる?
会社の生産性を維持することは、経営者にとってのもう一つの重要課題です。東京女子大学の橋元良明教授が2020年4月15日から17日にかけて全国3,192人のリモートワーカーを対象としたオンライン調査を実施したところ、回答者の40%は自由時間が増えたと述べましたが、仕事の生産性は34%、仕事の質では30%の人が低下したと回答。
リモートワークでは通勤の労力がかからない分、効率がよいはずですが、必ずしもそれがの生産性の向上につながるとは限らないのです。部屋数が多い家庭ならまだしも、東京都の平均居住スペースは、62.54平方メートルなので3LDKというところ。夫婦共働きで中学生の子供2人の家族が、3LDKの中でそれぞれ勉強や仕事をするのなら、個別のワークスペースが持てず、集中力と生産性に悪影響を与える可能性が大なのです。
生産性向上のために、常識を変える必要もあります。例えばオフィスで毎日何時間働いたという勤務時間ではなくて、結果を重視した社員評価システムを構築することが重要になるのではないでしょうか。
決定するには管理者、担当者と関係者が一同に集まり、対面でのコミュニケーションが必須とされていた懸案でも、オンライン会議で担当者が自ら決裁することが増えるなど、リモートワークが組織の運営方法を変える可能性もあるといえます。前述の橋元教授によれば、新型コロナによる働き方の変化は、日本人の仕事観や家族観も大きく変わる転機になると考えられるのです。
海外事情:米Automattic
リモートワークでは日本のずっと先をいくアメリカのオフィスレス企業の例を挙げましょう。New York Timesといった大手企業から個人事業主まで、インターネットにあるWebsiteの3割がWordpressで作られていますが、その開発ベンダーがAutomattic。全世界に700名以上の社員がいますが、オフィスをもちません。以前はサンフランシスコにHQがありましたが、使われていないということで、2017年に閉鎖。社員は自宅や、自分で選択した場所で仕事をしています。日本にも数名の社員がいますが、彼らは日本向けの営業活動だけをしているのではなく、社員の居住地と所属部署は基本的に無関係で、異なる場所に住む国籍も様々な人たちが、同じチームで働いているのです。
普段は100%リモートワークですが、年に数回合宿を行い情報共有、スキルアップのセッションで顔を合わせ、あるいは一緒に一つのプロジェクトを行います。一箇所にあつまって一緒に仕事をすることが、新たな学びの場になるとも。
合宿中はランチやディナーも一緒に過ごすので、いろいろな国の同僚と知り合う機会になっています。メンバー全員がエキスパートであるからなせる技ですね。リモートと対面を巧みに組み合わせることで、オフィスレスのデメリットを吹き飛ばしているようです。
もしオフィスを撤廃したらその影響は
2020年5月に緊急事態宣言が解除された後でも、引き続きリモートワークによる働きかたがメインとなり、サイボウズやGMO、ツイッターなどでは、全業務の90%近くをリモートワークに移行し始めており、半年以上もコロナ禍が続くと、オフィスを持たないことが現実的な選択肢になりつつあります。よってオフィスレスを検討するのも不思議ではありません。
本当にオフィスは不要になるのでしょうか。残念ながら日本企業には難しいと考えられます。それはなぜか?オフィスがなければ仕事にならない人が多いからなのです。欧米では職務や勤務地を明確に限定する、ジョブ型雇用がメインのため、エキスパートしか雇用しませんので、オフィスなしの企業が以前からたくさんありますが、多くの日本企業では勝手が違うのです。
日本企業はメンバーシップ雇用がメイン
日本では職務内容や勤務地などを限定しない無限定型である、言ってみればその企業のジェネラリストを育成しようとするメンバーシップ雇用が主流のため、業務はチームで助け合って行うことがメインです。年長者や社歴が長い人でも、まったくの畑違いの仕事に異動させられると、しばらくの間は素人同然。それでも毎日オフィスに来て、同僚と机を並べて仕事をしていれば、上司や先輩に面倒をみてもらえますし、問題があればサポートしてもらえて、わからないことがあれば教えてもらい、チームとして成果を挙げてきたのです。
反面自己完結で仕事を片付けられる人は、スタンドプレーヤーとみなされてしまうことも。
コロナ禍でわかったこと
多くの企業では2020年4月の新卒社員の入社式から導入研修まで、ずっとオンラインで実施しなければなりませんでした。その際、明確になったのが次の点です:
- ことばで伝えることができる知識は、オンラインでも全く問題なく教えられる
- 非言語的な情報、たとえば社会人としての話しかたなどの技能的なものや、社会人としての規律、会社としての行動規範など、心構えについて、オンラインで伝えるのは極めて困難
リモートワークになると、本人が強く意識しない限り非言語的な情報の多くが失われてしまう、あるいは今まで無意識の中で伝わっていたものが、全く伝わらなくなるのです。
また新人は、上司や先輩の仕事ぶりを目の当たりにして「盗んで」学び、いつの間にか自分もできるようになっていくもの。オフィスがなくなるとそれができなくなります。新卒社員たちはどうやって自信をつけていけばいいのでしょう。
社員全員がエキスパートなら話は別
上司や同僚に依存せずに自分でビジネスと獲得し、自分で完結するといった、自己完結型のビジネスプロセスで働いている人であれば、数多くの仕事が同時進行で回せますし、上司、同僚との関係についても、自分で判断して、共有すべき情報を的確に関係者に知らせることで、風通しよい状況をキープできるはず。情報収集や能力開発も自分のペースで自発的に行い、業務に必須となる能力やスキルの維持も自分でできて、モチベーションなどのメンタル面も自己管理できるのが、その道のエキスパート/プロフェッショナルです。
社員全員がエキスパートであれば、何もリアルにオフィスに集まって、相互に補完しながら仕事をする必要はありませんよね。
完全なオフィスレスを求めるなら、社員全員がエキスパートになるべく、エキスパートを増やすことから。雇用制度や評価制度の刷新や、あらたな教育制度の導入が必要です。
これからのオフィス
当面はリモートワークが全世界で推奨されるため、当然オフィスレスが促進されていくと考えられます。しかし人を育てる場がなくなり、組織が崩壊してしまってから、オフィスレスにしたことを後悔しても始まりません。オフィスの存在が我々に何をもたらしているかを熟考し、果たしてオフィスレスでも同じものが得られるようになってからの方が移行はベストだと考えられます。ではリモートワーク時代の今、今後のオフィスの役割について考えてみましょう。
1. 社員同士の交流の場、コミュニケーションの場
日々の業務はオフィスがなくても可能なのはわかりましたが、コミュニケーション不足になるのは否めません。オンラインツール越しに話をするのと、対面でコミュニケーションをとるのでは、コミュニケーションの質が違うのです。今後はコミュニケーションを積極的に取る場としてオフィスの存在が重要でしょう。
2. 企業のミッション、ビジョン、バリュー (M/V/V) を社員に浸透させる場
企業がどんな方向に向かっているか、未来には何があるかなど全社員が理解していることが、企業の発展には不可欠です。しかし直接に会うことが少ないと、効果的に伝えるのが難しい。そこでビジョンやミッションを感じられるオフィスを作り、社員に浸透させる場とするのです。
3. One of our work spaces: 働く場所の一つ
今までオフィスが唯一の仕事場所でしたね。しかし今は自宅、サテライトオフィス、カフェなど、インターネットがあるところならどこでも仕事ができることに我々は気づきました。しかし自宅では家族もいるので集中できないので、できればオフィスに出社して今まで同様に会社で働きたいと考える方もいます。
生産性の向上には、全員にリモートワークを義務付けるのではなくて、オフィスも仕事場所として残して、柔軟に働けることを、社員に提示しておくことがよいでしょう。
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